知ってる自分となりたい自分
日経エレクトロニクスの記事に、こんなのがありました。
「記者は技術のプロであるべきか?」
「ものづくりの現場経験がない、当事者ではない者が知ったつもりで記事を書く」ことの悩みについて書かれていて、入社した頃の自分を思い出しました。
私は、入社して2年間、製造部門にいました。
ちょうど、その頃に出来た新設部署で、
開発で作る新製品をスムースに量産移行するための、開発と製造現場の間に立つ役割です。
(開発経験の無い者が、設計に口出ししていいものか?
そもそも製造の経験だって、ほとんど無いのに…)
いつも葛藤があったのですが、新設部署だから、教えを請う先輩もいません。
仕方ないので、知ったかぶりで話を進めるのですが、まぁすぐにボロが出て、何の役にも立たないどころか、かえって足手まといになっていました。
そんな知ったかぶりするのが嫌で、知ったかぶりじゃなくするために、一生懸命勉強しました。
開発設計も、製造現場も。
同期は、既にみな開発部門に配属されてるし、
生物化学という、なんの関係もない専攻から入ったハンデ(焦り)が、いいバネになったのかも。
それで結局、何かの役に立てたかどうか判りませんが、少なくとも自分のためにはなりました。
今でも自分のバックボーンになっていると感じます。
で、今の自分を鑑みると。
ふたたび、設計そのものではない仕事の方が多くなってます。
でも以前と違って、設計に対してホントに知ってることと、実はよく知らないことが混じってます。
気づかないうちに、(いや気づきながら) 知ったかぶりしてる時があるかも。。 気をつけなきゃ。。
さて。
以前は、とにかく「知ってる自分」になりたくて、努力しました。
今、「なりたい自分」って何だろう?
その答えは判っているようで、自分の心の奥底を覗いてみると、ちょっと違うような気もするんだよなぁ…
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コメント
「知っていることを使える自分」
あるいは
「技術以外のことも知っている自分」
では?
ちなみに、私は今上の両方の自分を目指しています。
投稿 string7 | 2007.10.11 12:21
なるほど。たしかに、知ってるだけで活用してないのって、なんだか自己満足っぽいですね。
私も「技術以外」も知りたい、と思ってて、いろいろ触手を伸ばしているものの、具体性に欠けるせいか、ちと発散ぎみです。。
投稿 シミー | 2007.10.11 18:56